2014-08-10

気圧の海面更正の方式について

{おことわり:完結した調査ではありません。もうすこし調べるといろいろひっくり返るかもしれません。}

地上気象観測では、 現地気圧に加えて海面更正気圧というものを通報することになっています。その方式が諸国まちまちであるという話です。



世界の気象機関が共同して行う観測通報を標準化するのは、 WMO総会決議たる技術規則から引用される諸文書です。 で、今回の問題について具体的な記述を持っているのは、通称 CIMO Guide と呼ばれる WMO Publication No.8 Guide to Meteorological Instruments and Methods of Observation です。

まず、表題が Guide というので、最強でも WMO 測器観測法委員会 (CIMO) が単に勧告しているだけの文書だとわかります。技術規則の別冊として義務性をもたせる文書は表題が Manual というのです。たとえば Manual on GOS とかね。どうでもいいけどこれ、本体が Google Drive に移転してしまったので検索が遅くてかないませんな。まあそれでも外務省的なほんとうには、技術規則や制定時の会議体議事録をずっと追っていって、義務か単なる勧告かはたまた一案にすぎないのか、あるいはおかしな条件付きになっていないか確認しなければいけないのでしょうが、まあ、みなさん法務担当じゃないので、しじゅうそんなことをしているわけにもいきませんので、こういう名前の体系をもって思考を節約するのは大切なことです。

でもって具体的には第3.11節ですね。確認されるには第3章のPDFの20-22ページあたりを見ていただくのがいいですね。

いわく、各国様々の方法が用いられていて、唯一勧告をとりまとめられているのは、海抜高 50 m 以下の地点であるといいます。

P_0 = P_s + P_s * H_p / (29.27 * T_v);
P_s, T_v は観測点の気圧 [hPa],年平均仮温度 [K]

ご利益は、年間を通じて同じ更正値を使えるということです。まあ、あんまり異議もなさそうです。

地球が全部下総国なら標高 50 m 以上のことは考えないでもいいですが、さすがに済まされないので、CIMO Guide は 750 m 以下の地点について次の式で海面更正をすることが一案だといっています。

P_0 = P_s * 10 ** (K_p * H_p / T_mv);
T_mv = T_s + a * H_p / 2 + e_s * C_h;
K_p = 0.0148275 [K/gpm];
a = 6.5e-3 [K/gpm];
C_h = 0.12 [K/hPa];
P_s, T_s, e_s, H_p はそれぞれ観測点の気圧 [hPa]、気温 [K]、水蒸気圧 [hPa], ジオポテンシャル [gpm]
てなかんじです。この式自体は WMO (1964): International Meteorological Tables の勧告だというんですが、まあ、決定的な嘘にならない範囲でガイド自体の勧告と見間違えやすい文言を入れているのは、外交的妥協を口当たりよく伝える修辞であって、むしろ対立があったことをよく後世に伝えるものといえましょう。

ともあれこの式は世界でなにか一つの方法が必要なときは使われるようで、WMO CCl(気候委員会)が海面更正気圧の世界記録が 1084.8 hPa だといったようなときには、これが使われています。
一方で、日本での方法は、気象観測ガイドブック所載の気象観測の手引き(PDF) §6.5 (p.37-39)に載っています。

P_0 = P_s * exp (g * Z / R / T_vm);
T_vm = 273.15 + t_m + epsilon_m;
t_m = t + 0.005 * Z / 2;
R = 287.05 [m2.s-2.K-2]

epsilon_m = case t_m
    when -273.15 ... -30.0 then 0.090
    when -30.0 ... 0.0 then (0.489e-3 * t_m + 0.300e-2) * t_m + 0.550
    when 0.0 ... 20.0 then (2.850e-3 * t_m + 0.165e-2) * t_m + 0.550
    when 20.0 ... 38.8 then (-6.933e-3 * t_m + 4.687e-2) * t_m - 4.580
    else 3.340 end

P_s, t, Z, g はそれぞれ観測点の気圧 [hPa]、気温 [℃]、海抜高 [m], 重力加速度 [m.s-2]

式の違いとして顕著なのは、水蒸気の効果がいちおうは epsilon_m として入っているのだけれど、現地気温だけの関数になっているということです。 湿度を観測していなくても気圧が観測できるということになります。 観測点以下の空気がどんな湿度で存在するかというのは、所詮フィクションにすぎないのだから、何か代表的な値を仮定すればいいのだという割り切りですね。どのくらい昔からこうしているのかわかりませんが、大胆です。典拠はしりません。

もうひとつ、気温減率を 5 K/km にしているのが大きな違いだと思われますが、これも典拠を知りません。

世界でこう方法がバラバラでは困るわけですが、たぶん 1960 年代ほどにも統一の機運が盛り上がることはもうないでしょう。当時は海面更正気圧を通報されたなりに天気図に書き込んで等圧線を手で引いていたから、世界統一基準ですべての観測地点が計算することにいみがあったわけです。究極の分散並列計算ですね。しかし今はコンピュータで数値予報モデルに同化するのが当たり前ですから、現地気圧が通報されていれば、受信者の基準で海面更正し直して処理すればいいだけのことです。

一方、航空気象では高度計規正値 altimeter setting という海面更正気圧に似たものが用いられます。 この特徴は等温大気ではなく ICAO 標準大気をつかうということで、それだけとれば気温減率 6.5 K/m にあたりますが、 あくまで気圧高度計が着陸時に正しい値を示すように海面の気圧としてセットすべき値、ということになるので、 現地湿度だけでなく現地気温にも依存しません。式を間違えるとシビアなので、まあ細かいことはぐぐってください。

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